活動レポート

風邪も引かない超元気な社員ががんに。本人と同僚の話から見えた、”自然体で明るい”両立支援 - がんアライ部

風邪も引かない超元気な社員ががんに。本人と同僚の話から見えた、”自然体で明るい”両立支援 - がんアライ部

部下や同僚ががんに罹患した時、「どう接したらいいのか分からない」という悩みを抱える人は少なくありません。そこで、当事者と、周囲で支える同僚の双方の話を聞くべく、働きながらのがん治療を経験した広畑美弥子さんと、当時の同僚である富沢優子さんを訪ねました。2人のお話から見えてきたのは、”自然体で明るい”両立支援のあり方です。

 

【お話を伺った方】

広畑美弥子さん(マネックス証券株式会社 東京コンタクトセンター長/写真左) 

富沢優子さん(マネックスグループ株式会社 人事部/写真右)

がんを明るく受け止めた上司と、「早く戻ってきてね」と伝え続けた同僚

 

広畑さんのがんが発覚したのは、2012年3月に初めて受けた人間ドッグでのこと。通常は受診結果が届くまでに1カ月程度かかる中、病院から慌てた様子で再検査の電話がかかってきました。再検査の結果は、ステージ1の乳がん。当時の心境を広畑さんは、「不安や戸惑いはもちろんあったけど、それほど深刻にならずに済んだ」と話します。

 

 

広畑さん「学生時代の同級生が、私ががんになる1年前に同じく乳がんになったんです。彼女は私なんかよりもっとケロッとしていて、入院前に『看護師さんに舐められるわけにはいかない!』ってパジャマを超高級ブランドで新調するような人で(笑)。そんな姿を見ていたから、ショックはあったけれど、そこまで暗い気持ちにはならなかったです」

 

5月に手術を行い、10日間の入院生活を経て、その後約2週間自宅で療養。医師から「家にいても気が滅入るから仕事をした方がいい」とアドバイスを受けたこともあり、6月には職場に復帰しました。「会社を休むことに対しての不安もなかった」という背景にあるのは、明るい上司の存在です。

 

広畑さん「人間ドックの結果を受けて再検査をするときに、有名な私立病院や国立がんセンターなどのそうそうたる病院を紹介されたんですよね。きっとがんの疑いが強いんだろうなと思いながら上司に話したら、『おぉ、ゴージャスな病院だな』って言われて(笑)。がんが分かってからも、『下妻物語』というすごくおもしろい小説をプレゼントしてくれて、電車の中で涙が出るほど笑いました。長く人事をやっている人なので、同じようにがんに罹患した社員から相談を受けた経験があったのかもなと思います。がんのことを、本当に明るく受け止めてくれたのはありがたかったですね

 

当時採用担当を務めていた広畑さんと同じ人事部で働いていた富沢さんは、「お休みしていたイメージが全然ない」と当時を振り返ります。

 

富沢さん「広畑さんはいつも明るくて元気で、会社を病気で休むことがない人だったんです。だから、普段の広畑さんとがんという病気とのギャップには本当にびっくりしました。でも、彼女は会社のことが好きだから、『ゆっくり休んでね』っていうのはちょっと違うと思ったんですよ。ゆっくり休まないだろうなと思ったし(笑)。だから、『早く戻ってきてね』って言い続けていたのを覚えています。職場に復帰する前にも、上司とは『明るく、普段通りに迎えよう』って話をしましたね」

 

 

がんをオープンにして、治療が楽になった

 

 

職場に復帰してからも、半年間は放射線治療や化学療法を受けるための通院は続きました。幸い、仕事に差し支えるほどの副作用や不調はなく、既存の制度の範囲内で仕事と治療を両立することができたそうです。

 

広畑さん「体は元気だったので、ラッシュの時間をずらして出勤したり、早めに帰らせてもらったりと調整しながら通勤することができました。通院で治療を受けていましたが、有給を1時間単位で使えたので、8時に放射線を当てて10時に出社すれば、2時間休で済む。余っていた有給で補えたし、すでにある制度の中で治療が続けられて、とても助かりましたね

 

手術から復帰まで「ちょっと長めのお休みを取ったような感覚」と広畑さん。病気のことをオープンにしていたこともあり、「周りの人のフォローが心強かった」と話します。

 

広畑さん「がんのことを隠さずにいたことで、みんなが親身になってくれました。人事労務担当者が高額医療費の申請といった社会保障の制度を先回りして教えてくれるなど、サポートをしてくれつつも、腫れ物に触るようなところは全くなくて。分け隔てなく接してくれていました」

 

中でも印象に残っているのが、富沢さんからの気遣いです。

 

広畑さん「化学療法の副作用で髪の毛が抜けてしまったんですよね。最初はウィッグをつけていたんですけど、夏だったので暑くて、バンダナを巻くようになったんです。そうしたら富沢さんが若い頃に使っていた高級ブランドのスカーフを20枚くらい渡してくれたんですよ。すごくうれしかったですね」

 

富沢さん「一番驚いていたのは上司だったよね。『富沢はどんだけバブルだったんだ』っていう(笑)」

 

当時の人事部は全部で6人。「チームワークが良かった」と2人が話すとおり、一緒に働く人との信頼関係があったことが、がんをオープンにできた大きな要因でした。広畑さんは「オープンにしたのは作戦としては成功だった」と明るく話す一方で、そのぶん迷惑もかけたと振り返ります。

 

広畑さん「病気をオープンにしたっていうと聞こえはいいですけど、それを盾にして迷惑をかけたとも思うんですよ。特に親しい人には『病気だから、そこまでは求めないでください』ってたくさん甘えました(笑)。でもそのおかげで、治療が楽になったんですよね。治療中はまつげや眉毛がなかったり、むくんでいたりして、顔付きがいつもと違うんです。そんな顔を毎日鏡で見ていると、どうしても気が滅入ります。そんなときに、甘えられる環境があったことはすごくよかったなと思いますね」

 

 

大事なのは、会社側の「一緒に働きたい」という意思表明

 

 

働きながら治療をする広畑さんの姿を見て、「がんという病気の印象が変わった」と富沢さん。

 

富沢さん「広畑さんは『治療行ってきます!』って会社を抜けて、戻ってくるなり『治療は1分なのにお会計に1時間もかかった』って文句を言っているような感じでした(笑)。がんでも働けるし、大丈夫な病気なんだっていうことを、広畑さんがまざまざと見せてくれましたね

 

同僚ががんになった時、どう接していいのか分からないと戸惑ってしまう人は少なくありません。富沢さんは「相手の立場になって考えるということに尽きる」と話します。

 

富沢さん「どんな言葉をかけたらいいのか、どう接したらいいのか。やっぱり一概には言えないですよね。私は広畑さんと20年近い付き合いで、性格をよく知っていたから『早く戻ってきてね』って言葉がふさわしいと思った。でも人によってはそれが嫌だと思う人もいると思うんですよ」

 

広畑さん「私の周りの人達は空気を読むのが上手だったんです。でも本当は当事者が言わなければ分からないことで、察してほしいっていうのは酷だと思います。正直、がんは自分がなるまでは他人事だと思うんですよ。私は病気のことを隠さなかったし、態度に出ちゃうから分かりやすいところもあったと思いますが、言わなければなかなか伝わらないものだと思うんです。周りの人もどうしていいかわからなければ、本人に聞いてしまうのも一つの方法だと思いますね。本人も答えやすいし、周りも分かりやすいですから」

 

そして大事なのは、「『一緒に仕事をしたい』という意思を会社側が表明すること」と広畑さんは続けます。

 

広畑さん「キャリアが中断することはやっぱり不安。私の場合、上司から入院中にボーナス計算のエクセル表の使い方を教えてほしいって連絡が来たんですよね。私、病気なんだけどなぁみたいな感じですが(笑)、気が紛れるし、戦力として外されていないんだなって思えた。もちろんがんの進行や体調によるので一概に良いとは言えないですが、負担にならない程度の仕事を用意することは、場合によってはハッピーなことかもしれないなと思います」

 

がんの部位や進行度、治療方法や副作用など、一概に「こうしたらいい」とは言えない個別性の高さが、がんという病気の大きな特徴です。本人の性格や考え方によっても、周囲のサポートの方法は変わるはず。広畑さんと富沢さんのケースも、このとおりにしたからうまくいくというものではもちろんありません。

 

ただ、がんに罹患した同僚に対して、「自然体で接する」という配慮の仕方もある。両立支援の一つの事例として、取り入れられる要素はたくさんありそうです。

 

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取材・文/天野夏海

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