活動レポート

がん治療中の社員を支えるために、知っておきたい主治医の気持ち【第3回勉強会レポート】 - がんアライ部

がん治療中の社員を支えるために、知っておきたい主治医の気持ち【第3回勉強会レポート】 - がんアライ部

5月23日、がんアライ部の第3回勉強会を開催し、人事担当者の方を中心とした25名の方にご参加いただきました。

 

後半で行われた講義では、国立がん研究センター・がんサバイバーシップ支援部長の高橋都先生をお迎えし、医療者から見た治療と就労の両立における課題をテーマにお話しいただきました。医療従事者と職場の視点には、どのような違いがあるのか。双方のコミュニケーションを円滑にするためのヒントが詰まった講義の一部をご紹介します。

 

>>勉強会前半のレポートはこちら

これからがん対策に取り組む企業必見!がんアライ部勉強会参加企業2社による事例紹介【第3回勉強会レポート】

 

<プロフィール>

国立研究開発法人 国立がん研究センターがん対策情報センター がんサバイバーシップ支援部長

高橋 都先生

1984年岩手医科大学医学部卒業。その後10年間、都内で一般内科臨床に従事したのち、病い体験を社会的視点から学ぶために東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻に進学。博士課程修了(保健学博士)。同大医学系研究科公共健康医学専攻講師、UCLA公衆衛生大学院客員研究員、獨協医科大学公衆衛生学准教授を経て、2013年4月より現職。一貫して、がん患者や家族が診断後の社会生活で直面する課題や支援に関する研究と、関係者の有機的な連携を実現するための教育啓発活動に取り組んでいる。日本サイコオンコロジー学会評議員。日本臨床腫瘍学会学術委員(患者支援・サバイバーシップ担当)。

医療現場と職場、それぞれの視点はどう違う?

 

がん対策推進基本計画​に2012年からがん患者の就労を含めた社会的な問題が初めて明記されて以来、がんと就労の両立が注目されるようになりました。それに伴いさまざまな動きがありますが、2018年4月にもまた、大きな動きがありました。

 

「がんの治療医と産業医が情報共有をして、治療医がカルテに記録を残した場合、病院には半年に一度1000点、相談支援体制が整っている場合はプラス500点の診療報酬点数が加算されることになりました。職場の産業医と連携することにより、病院側にもインセンティブが生じることになります。今後は病院側も職場との情報共有に力を入れていくことが想定されます」

 

しかし現状、医療者と職場には以下のような視点のズレがあると高橋先生。

 

●職場の視点

会社と労働者は労働契約を結び、労働の対価として給料を支払う。また、企業には従業員に対する安全配慮義務がある

 

●医療の視点

患者個人との診療契約であり、医療者にとっては“患者さんの幸せ”が最大のゴール

 

「こういった視点のズレが原因で生じる事例として、職場側の視点では労働契約どおりの働き方はとても無理であるにも関わらず、主治医から『職場復帰可能』という診断書が出る場合などがあります。主治医は、患者さんが退院後に自力で病院に来ているし、本人が働けると言っているのだから、患者の意思を尊重したいと考える。でもその人が労働者として労働契約を全うする働き方ができるかは考えていない。職場が困惑する診断書が出る背景には、こういった考え方のズレがあります」

 

 

医師と人事のコミュニケーションの齟齬で“解雇”につながることも

 

 

視点がズレてしまう要因の一つには、医療者側の事情があります。「実はがん治療のスタッフも困っている」と高橋先生は続けます。

 

「仕事のことを根掘り葉掘り聞いて、患者さんが気を悪くしないか。それに聞いたとしても、医療は会社員の働き方や就業上の配慮のことがよく分からないし、そもそも患者さんが仕事をしたいと思っているのかも分からない。詳しく聞けばいいのですけれど、外来や病棟はあまりに忙しくて、仕事のことをじっくり聞いている時間がないというのが、残念ながら現実です」

 

コミュニケーションの齟齬によって、本来働き続けられたはずの人が解雇されてしまう事態も起きています。

 

「ある産業医の先生から聞いた実例です。乳がんに罹患した40代女性で、手術後1週間の自宅療養を経て、会社に復帰することになった方がいました。ただ、この方の場合は3週間ほど放射線治療に毎日通う必要があった。医療者は無理なく通院ができるような配慮が得られるかと考え、『短時間勤務で職場復帰可能』という診断書を書きました。その診断書を見て上司や人事はとても困ってしまいました。

 

まず、短時間勤務が必要なおよその期間が記載されていませんでした。そして、その会社には短時間勤務制度がなかったのです。職場側は、この女性はこの先ずっと短時間勤務でないと働けないと思いこみ、また、制度がない以上、『短時間勤務が必要ならこの従業員を安全に働かせることができない』と判断してしまったのです。結果的に、その女性は解雇されてしまいました」

 

このケースでの医師と会社側、それぞれの解釈は次の通りです。

 

●医師

・放射線治療の期間は5週間程度

・毎日通院する必要はあるものの、1日1時間程度の時間が確保できれば働ける

 

●職場

・がんという大病で手術をしたから、フルタイムが難しい

・恒久的に短時間の勤務ができる制度はない

・安全配慮義務を全うできないから、就業継続は困難

 

お互いの勘違いで生じてしまったケースですが、高橋先生は「こういった事態は少なくない」と指摘します。

 

 

人事担当者との情報共有時に、主治医が感じていること

 

こういった事態を防ぐ一番の対策は、主治医と人事担当者が密にコミュニケーションを取ること。その上で知っておきたいのが、医師の気持ちです。高橋先生は次のように解説します。

 

主治医の気持ち1:患者さんの不利にならない?

 

「主治医は自らのアクションが患者さんの不利益につながらないか、心配します。自分が診断書を書くことで、患者さんが解雇されてしまうかもしれない。そういった考えから、情報を出し渋ってしまうことがあります」

 

医師の不安感を払拭するために、人事担当者ができることは2つあるといいます。

 

「一つは情報収集について、本人の同意があることを示すこと。もう一つは、円滑な職場復帰を支援するための情報収集であることを明らかにしていただくことです。依頼状を書く際に、『本人の職場復帰の支援に役立てたいので』と一筆書いてあると、医師は安心して情報を提示することができます。さらに文書管理をしっかりすることや、医療情報を開示する範囲を本人とよく相談して決めるなど、職場としてプライバシーに配慮することを示していただけるとベストですね」

 

主治医の気持ち2:仕事の内容がよくわからない

 

「これは一番分かっていただきたいことなのですが、多くの医療者は病院でしか働いたことがないので、一般企業の職務内容をよく知りません。患者さんの雇用形態や具体的なお仕事内容を聞いても、すぐピンとこないことがあります。」

 

「人事の方から、治療を受けるご本人のお仕事の内容や会社の支援制度を詳しく教えてもらえるとすごく助かる」と高橋先生は続けます。

 

「医療者は、労働契約や一般企業での就業事情に極めて疎いという前提でコミュニケーションをとっていただけるとスムーズになるはずです。また、『どのような配慮をしたらいいですか?』ではなく、『来月頃から週5時間程度の超過勤務を許そうと思いますが、本人の体力は大丈夫でしょうか?』といったように、具体的に聞いていただけるとお答えしやすくなります」

 

主治医の気持ち3:どこまで自分が責任を負うことになるのだろうか

 

「これも多くの主治医が心配するところなのですが、診断書の通りに仕事をした結果、患者さんが万一体調を崩した場合のことが気にかかってしまう。例えば『出張OK』と書いたのに出先で体調を崩してしまった場合、自分が責任をとるのだろうか?と心配になります。でも、就業の措置を実施するかどうかは、最終的には事業主の判断。この点を主治医と共有していただけると、良い情報共有ができるかと思います」

 

 

“患者の幸福を実現する”と医師が理解すれば、情報共有はスムーズになる

 

 

こういった医師の気持ちの根底にあるのは、医師の最終的なゴールである“患者の幸せ”。医師と会社側が連携し、働き続ける意欲を持つ人に対して適切な配慮が実現すれば、結果的に医師のゴールにつながるはずです。「主治医にとって、“職場関係者とコミュニケーションを取ることが患者さんの幸福につながる”ことが腹落ちすれば、情報共有はスムーズになる」と高橋先生は話します。

 

「医療現場と会社と本人、それぞれの間の意思疎通が大切です。主治医にとって、患者さんに『無理しないでくださいね』と言うことは、一番楽で無難です。しかし、それを患者さんは『自分はもう働けないということか』と解釈することもあります。働く意欲と能力がある方が早まって辞めたら、会社が大事な人材を失うことに繋がりかねません。そういう意味でも、主治医と会社のコミュニケーションはとても重要です」

 

そしてもう一つの大事なポイントが、“決めつけないこと”。医療は日々進歩していて、治療の方法も体調も人それぞれ。個人差があるからこそ、本人の状況をきちんと聞く必要があります。「がんのイメージに振り回されないで」と高橋先生は訴えます。

 

「5年前に肺がんのステージ4の人に行っていた治療と、今の治療は全く違います。『あの時こうだったから今回も応用できる』というふうに考えない方がいい。過去の事例にとらわれず、本人の希望と、今できることとできないことをぜひ聞いてください。

 

また、人事の方は『しっかり治して戻ってきてください』と言ってしまいがちですが、「治った」と簡単に宣言できないのが、がんです。がんは、慢性的につきあう病気。今は、病気か健康かのイチゼロではなく、“就労と治療の両立”の時代です。がん治療をしていたとしても、周囲が思う以上に働ける人は多いもの。その事実をまずは知っていただきたいと思っています」

 

 

【高橋先生が携わった、がんと就労にまつわるお役立ちコンテンツ】

がん罹患者向け「がんと仕事のQ&A」

ビジネスパーソン向けの事例紹介サイト「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」

がん治療スタッフ向け「治療と職業生活の両立支援ガイドブック」

 

文/天野夏海

 

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