活動レポート

創業者の思い「働きたい人に仕事をつくる」「愉快な工場をつくる」から引き継がれるブラザー工業の仕事とがん治療の両立支援 - がんアライ部

創業者の思い「働きたい人に仕事をつくる」「愉快な工場をつくる」から引き継がれるブラザー工業の仕事とがん治療の両立支援 - がんアライ部

がんと就労の両立支援に取り組む企業には、どのような背景や想いがあるのでしょうか。具体的な施策とともに、そのストーリーをご紹介します。

 

1908年創業の愛知県名古屋市の電機メーカー、ブラザー工業株式会社。ブラザーグループ健康経理念に基づき、先進的な健康経緯営の取り組みを行っている企業です。

 

 

従来から両立支援を行っていた同社ですが、近年はがんへの対応を強化しています。どのような取り組みを行っているのか、伺いました。

 

<プロフィール>

ブラザー工業株式会社

産業医・久賀さん

保健師・西村さん

保健師・曽我さん

ピアサポートを社内で行う意味

 

——がんと就労の両立支援に関する取り組みについて教えてください。

 

曽我:当社では、企業・健康保険組合・ブラザー記念病院が三位一体となって健康支援を行っています。

 

ブラザーの創業の精神は、「働きたい人に仕事をつくる」「愉快な工場をつくる」「輸入産業を輸出産業にする」の3つ。

 

 

曽我:その中の「働きたい人に仕事をつくる」「愉快な工場をつくる」には、創業者の仕事がなくて働けない人に仕事をつくりたい、みんなが健康で笑って働ける愉快な工場をつくりたいという思いがありました。1954年創設のブラザー記念病院にはその思いが引き継がれています。

 

また、現在においては、「働きたい人に仕事をつくる」と言う言葉は「治療と仕事の両立支援」において大切な精神として、健康管理センターでは解釈されています。創業当初から、従業員を大切にして、健康を意識する社風であったと思います。

 

▲保健師の曽我さん

 

曽我:最近では、定年後のシニア雇用や不妊治療を行う人の増加など、がんに限らず仕事と治療の両立を考えなければいけない場面が増えています。義務感というよりは「必要だよね」という感覚で、自然に両立支援に取り組んでおり、その中にがんも含まれているイメージですね。

 

——その中でも、がんに特化して行っている取り組みはありますか?

 

西村:健康診断後の二次検査受診率向上や両立のための個別対応はこれまでもしてきましたが、シニア雇用の増加に伴い、働きながらがん治療をする人が増えるという予測のもと、2019年度からがんを意識した取り組みに力を入れてきました。

 

短時間勤務制度の対象を疾病治療にまで広げたり、両立支援のガイドラインを作成したりした他、2022年度からは新しくピアサポートの取り組みを開始しています。

 

 

——当事者同士で悩み事を話したり相談し合ったりする、支え合いの活動ですね。

 

西村:当社のピアサポートでは、まず同じ境遇の人が社内でつながる場所をつくることで、安心して働ける環境づくりを目指しています。

 

その上で、活動を通じて「仕事と治療を両立している人が社内にいる」ことを伝え、病気になっても働き続けられることを多くの人に理解してもらうことで、支え合える環境づくりにつなげようとしています。

 

ピアサポート自体は当事者同士で支え合い、安心感の醸成を目指すものですが、さらに職場の理解を得られるような場にすることが、社内でピアサポートを行う意味だと思っています。

 

また、ピアサポート活動の報告や有志による治療と仕事の両立についての体験記を、社内のイントラサイトに公開予定です。このような活動の中で、従業員それぞれが治療と仕事の両立について理解を深め、支援の輪が広がっていく。活動はまだ始まったばかりですが、そんなイメージで進めています。

 

久賀:私は以前は臨床医だったのですが、病院では同じ病棟に入院している患者同士で仲間意識が芽生えることもあり、いわば自然にピアサポートが発生しているのを見てきました。

 

ただ、ずっと入院しているわけではないですし、病院は生活の場ではありません。働く人たちにとって、会社で働くことは大きな生きがいであり、生きることそのものなのだと感じていました。だからこそ、会社に心の支えとなる場所があることはとても重要です。

 

——ピアサポートにはどのくらいの人数が参加しているのでしょう?

 

西村:約30人がピアサポートメンバーです。ピアサポートが必要な方はがん罹患者に限りませんので、今はあえてがんだけに絞らず、間口を広く設定しています。

 

曽我:がんに絞ってしまうとメンバーが集まらないかもしれないと思いましたし、そもそもがんといっても、婦人科系のがんと胃がんでは悩みは全く異なります。それなら、まずは幅広い対象者を集めようと思いました。

 

西村:なお、当社では、ピアサポートメンバーとピアサポーターを分けています。ピアサポートメンバーのうち「自分の経験を生かして他の方のサポートをしたい」と手を上げ、教育を受けていただいた方をピアサポーターとしています。教育はサポーターとして活動する際に知ってほしいこと、相手と自分の境界についてのこと(バウンダリー)などの内容が中心です。 

 

曽我:ピアサポーターの中には、「個々の活動に参加しなくても大丈夫なので、よかったらピアサポート活動全体のアドバイスをください」とわれわれから直接声をかけて、協力をお願いしている人もいますね。

 

久賀:私は今年4月にブラザー工業に入社しましたが、「お互いにサポートし合う風土がある会社なのだな」と感じています。会社の風土を生かして、良い活動にしていきたいですね。

 

▲産業医の久賀さん

 

週1回のコラム発信、上級職への研修などを通じた社内周知

 

——ピアサポートを始めたきっかけは何だったのでしょうか。

 

曽我:いろいろな従業員の話を聞く中で「会社の中でこの病気なのは自分だけ」と思っている人は少なくありません。それならば、同じ悩みを抱えている人同士をつなぐことはできないだろうか。そんな発想から1対1で話す機会をトライアルでつくったところ、「お話できてよかった」といった感想が多く上がったため、正式にピアサポートをやることになりました。

 

——これだけ健康経営に力を入れているブラザー工業さんでも、当事者の方は「自分だけだろう」と思ってしまうのですね。

 

曽我:当事者が積極的に病気について発信することはありませんので、同じチームや部に当事者がいない限り、なかなか同じ境遇の人と出会う機会はありません。

 

だからこそ「体調不良をどう乗り越えたの?」「出張の時どうするの?」など、同じ会社にいる人同士で相談できる関係を上手につくれるといいなと思っています。

 

——ピアサポートについて、現時点で課題に感じていることはありますか?

 

西村:社内でやるからこその利点がある一方、プライバシーの問題は気をつけなければいけません。利害関係が発生してしまうケースもありますから。

 

現在はオンラインで実施していることもあり、原則匿名で、お互いに希望すればオープンにする方向で進めています。とはいえ、顔や名前がわかる方が話しやすいので、どこまで開示してもらうかは悩みどころですね。

 

曽我:ピアサポーターの負担にならないように配慮することも必要です。ピアサポーターは専門職ではなく、あくまでメインの通常業務がありますから、業務に支障が出ない範囲内での参加をお願いしようと考えています。

 

久賀:例えばピアサポーターの講習は就業時間内での活動になるので、上司をはじめ周囲の理解が必要です。社内の人のために役に立ちたいと思ってくれているピアサポーターにとってマイナスにならないようにしなければいけません。

 

今は社内でピアサポーターとしての活動が行いやすくなるような認定制度について検討しています。

 

 

——ピアサポートはもちろん、制度やガイドラインブックなどの施策を進めてもなかなか浸透しないという企業さんの声も聞きます。施策を広めるために工夫していることはありますか?

 

曽我:社内イントラネットにある健康管理センターのホームページでは、スタッフが順番に健康に関するコラムを書き、毎週1回トップページに掲載しています。そのページに両立支援をはじめとした各種情報が載っているので、「健康に関する情報はここに集まっている」くらいの認識がある方は多いのではと思います。

 

また、2020年から2月を「両立支援月間」とし、その時期に両立支援に関するPRを強化しています。一気に上から進めるのではなく、ゆっくり広げていく会社なので、長期的に考えていますね。

 

西村:管理職への教育も大きいと思います。部下が体調を崩した時の対応など、研修を徹底して行っているので、何かあったときに管理職の皆さんが健康管理センターのホームページを調べる習慣が根付いています。

 

曽我:新任管理職の研修は数日間あり、その中の2〜3時間がメンタルヘルス研修に割かれています。その後も3年に1回は必ずラインケア講習を受ける決まりになっていますね。

 

久賀:健康管理センターが関わる前から、管理職の皆さんが部下の体調を気にかけて業務調整を考えてくれたり、自主的にケアをしたりしている場面をよく見かけます。それだけ治療と仕事の両立が当たり前になっているのでしょうね。とても良い風土だなと思います。

 

「病気でも働き続けられる」の認識は、当事者の姿を通じて広まっている

 

——2019年度からがんを意識した取り組みに力を入れたことで、どのような効果を感じていますか?

 

曽我:治療前に連絡をいただくことが増えましたね。以前は職場復帰後に「実はがんでお休みしていた」とわかるようなこともありましたが、最近は「手術を受ける予定です」という連絡が入るようになりました。少しずつですが、「相談していいんだな」「相談してみよう」という意識になってきているのを感じています。

 

西村:がんの罹患がわかったときに、自ら社内イントラからガイドラインを見つけ、読み込んでから健康管理センターに相談してくださった方がいました。必要な支援や制度を理解した上で休職中の対応や復帰後のことなど、具体的な計画もイメージされていて。

 

がんがわかってパニックになったり、一人で抱え込んだりする人も多い中、ガイドラインを読んでやるべきアクションを理解し、健康管理センターに相談してくださったことで、ガイドラインがきちんと役割を果たせているのだと実感できました。

 

▲保健師の西村さん

 

西村:なお、その方は治療を終え、今はピアサポートメンバーとして手を上げてくださっています。私たちが提供しているものが役に立ち、乗り越えた方が今度は他の人を支える立場を希望してくださったことは、本当にうれしいことです。

 

曽我:従業員の皆さんが病気を経験した人の存在を知ることで、健康管理センターの役割の認知も増しています。「病気になってもブラザーなら働き続けられる」という認識は、当事者の姿を通じて広まっているように思いますね。

 

久賀:ブラザーの保健師や産業医から感じるのは、「社員にとって身近な存在でありたい」という精神です。われわれは健康指導をする立場ではあるものの、怒ったり上から注意したりする存在ではありません。従業員の皆さんの健康を考えていることを日常的に発信することで、身近な存在として認知されているように感じます。

 

曽我:ブラザーの特徴として、「さん付け」の文化があります。社長も「佐々木さん/イチローさん」ですし、産業医の久賀先生も「久賀さん」です。そういった雰囲気も影響しているかもしれませんね。

 

——両立支援の取り組みについて、今後やりたいことや目標はありますか?

 

曽我:当社では、世界各地の拠点が会社をあげてがん支援のチャリティー活動である『リレーフォーライフ(RFL)』に参加しています。

 

また、ブラザー工業では3年前より、実際にがんを罹患した従業員から話を聞くオンラインサバイバートークを行い、毎年100人以上が参加しています。がんを経験した従業員の話が聞ける機会は今後も設けたいと思っています。

 

なお、この取り組みは担当部門であるCSR&コミュニケーション部と連携し、役割を分担しながら行っています。

 

 

西村:ピアサポートの活動については、どんな活動がいいか検討を重ねながら行っています。

 

ただ、保健師や産業医が勝手に決めるのではなく、参加者の意見を聞きながら進めていきたいですね。参加者のニーズや気持ちに沿った活動にできればと思っています。

 

曽我:病気があろうがなかろうが、自分らしく働くことができることが大事だと思います。それを支えられる仲間であり続けたいですね。

 

——最後に、これから両立支援に取り組もうとしている企業へメッセージをお願いします。

 

曽我:両立支援の対象をがんに特化してしまうと、「抗がん剤治療の時はどうするのか」「がん以外の病気はどうする?」など、逆に考えるべきことが増えてしまうような気がします。入り口は広く開いた方が、結果的に支援はしやすいと思います。

 

久賀:病気は誰にでも起こり得ることです。就業年齢が上がれば可能性は増しますし、病気以外にも不妊治療や育児、介護など、常に誰もが何かしらの事情を抱えているのだと思います。

 

だからこそ両立支援はみんなで考えていくべき課題だと思っています。何かしらの事情を抱えながら働くのは当たり前だと、みんなが思える社会になるといいですね。

 

西村:私たちも手探りで両立支援の在り方を探っている状況で、他社と情報交換をしながら、自分たちに合った活動を模索することが大事だと思っています。一緒により良い支援のかたちを考えていけるとうれしいです。

 

 

がんアライ部事務局の編集後記

 

どうしてブラザーさんは、がんと就労に関する取り組みを継続的に進化させていけるのか。そう疑問に思っていたのですが、お話を通じて、創業者の精神が組織に浸透していることが土台となり、同時にエンジンになっているように感じました。

 

また、ピアサポート制度を原則匿名のコミュニティとして始めたというお話が、とても興味深かったです。保健師の皆さんが直接罹患者の方と接しているからこその実感が、制度づくりに丁寧に落とし込まれているのを感じました。力強さと細やかさのバランスが秀逸だなと思います。

 

取材・文/天野夏海

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