活動レポート

「がん罹患者は会社に要望を言うべきだし、上司も話してもらうよう努力すべき」当事者と上司、産業医が思うこと【CancerX 2020レポート】

「がん罹患者は会社に要望を言うべきだし、上司も話してもらうよう努力すべき」当事者と上司、産業医が思うこと【CancerX 2020レポート】

がんアライ部発起人の鈴木美穂が昨年立ち上げた「CancerX」による「CancerXサミット2020」が今年も開催されました。

 

ここでは当日行われたセッション「CancerX 働く 働き方の選択肢と企業の取組み」の一部をご紹介します。

 

<登壇者プロフィール>

及川 美紀さん (株式会社ポーラ 代表取締役社長)
大室 正志さん (大室産業医事務所 産業医)
佐藤 留美さん (NewsPicks編集部 副編集長)
水田 悠子さん (株式会社ポーラ・オルビスホールディングス 総合企画室)
渡部 俊さん (朝日航洋株式会社 航空事業本部 営業統括部)

「がんに罹患した人がいる」ことを知れば、カミングアウトはしやすくなる

 

佐藤:水田さんと渡部さんはがんサバイバーですが、最初からがんを会社にカミングアウトすることはできましたか?

 

水田:私は新卒入社7年目の29歳の時に子宮頸がんがわかって、1年ちょっとしっかり休ませてもらい、同じ部署に復職しました。病院でがんと言われたとき、最初に電話したのが当時の課長でしたね。言わないっていう選択肢は浮かばなかったです。

 

というのも、部署にがんに罹患している先輩がすでにいらっしゃったんですよ。帽子をおしゃれに着こなしながら、「放射線治療があるので午後から出社します」と言っている姿を見ていたのが大きかったと思います。

 

渡部:私の場合は腸閉塞と診断されてから内視鏡検査をしたところ、先生からがんだと聞かされました。病床から仕事の申し送りをしたり、どのくらい休むのかを考えたりで手一杯だったので、上司には電話で簡単に伝えました。

 

そうしたら「渡部はがんだからやばいらしい」という話になってしまって。これはフルオープンにしなければまずいと思い、復帰後に全営業向けにメールで「がんだけど大丈夫です」と伝えました。

 

及川:私はこれまでに9人のがん罹患者と一緒に仕事をしてきましたが、全員違うんですよね。仕事より治療だっていう人もいれば、気が紛れるから仕事を振ってほしい人もいる。がんをカミングアウトしている方の中には「私の場合はこういう風に仕事をした」といった体験談を発信してくれている人もいますが、それぞれが自身の症状を話すことで、人によって違うことを理解できるのはありがたいです。

 

ただ、当社の産業医と看護師いわく、まだがんであることを言えていない人はいるそうです。これは課題であり、言いやすい雰囲気をどれだけ作るかというのは考えていかなければいけません。まずは「がんに罹患した人がいる」ことを知ってもらうこと、そして特別なことではなく、「自分がいつ同じ立場になるかはわからない」と思ってもらうことが大切なのだと思います。

 

佐藤:どうしてカミングアウトがしにくいのでしょう?

 

大室:減点方式の旧来型組織では、当事者が病気をカミングアウトしにくいというのはあるかと思います。例えば海外赴任が出世の条件になるような会社であれば、病気であることで出世レースから外れてしまうこともある。

 

 

大室:また、会社に言わなくても何とかなってしまうというのもあるでしょう。ある会社でいろいろな病気の休職日数を調べたことがあるのですが、ダントツで長いのはメンタル不調で、その会社の場合は平均で約半年でした。

 

その点、がんは圧倒的に短いです。もちろん長く休職する方もいますが、短い方は数週間で復帰する。「溜まった有給で海外旅行に行ってきます」と言って休んでいた人が、実は入院していたということもあるくらいです。

 

自社の「働くとは」を定義しないと配慮しようがない

 

佐藤:私事ですが、昨年10月にスウィート病という奇病にかかってしまい、1カ月ほど入院をしました。その際、「あと何日有給が使えるのか」「お金はどのくらいあるか」をまずは考えたんですね。この辺りはいかがでしょうか?

 

渡部:最初にがんになった時、手術をした後に抗がん剤をやろうという話があったのですが、私の選択は「やらない」だったんです。なぜなら抗がん剤は高いイメージだったから。当時30歳だったので、保険も入っていなかったんですよね。給料がもらえなくなるので、休職するという選択肢もなかったです。

 

結局は通院で抗がん剤治療を受けたのですが、どんなにつらくても会社には出て、出社した証だけ残して帰っていました。入院して抗がん剤治療をやる選択肢もあったんですけど、すでに有給をだいぶ使ってしまっていたので通院を選んだんです。

 

そうしたら、あとから「積立失効有給休暇制度がある」と人事から話があって。私の会社は5年前まで遡って、私傷病に関して失効有給を約60日間分使えるんですね。なので有給・失効有給を合わせると100日ぐらい休めたんです。人事からは「就業規則に書いてある」と言われましたが、「就業規則なんか読むか!早く言ってくれよ!」っていう感じでしたね。

 

水田:私の場合は渡部さんと逆で、人事がコーディネートしてくれたんですよ。休み方の提案を何パターンも考えてくれて。その上で直の上長は「どうしたい?」と聞いてくれました。就業規則も制度も何も知らなかったんですけど、おかげで希望通りに休めました。

 

 

佐藤:当事者と会社の双方が納得感を持てる状態を実現するのは難しいと思うのですが、産業医の立場で思うことはありますか?

 

大室:大きく分けると日本の会社は2パターンあります。一つはメンバーシップ型、いわゆる新卒一括採用ですね。学部や専門性を問わず、会社の仲間になってくれそうな人を採用して配置する。この仲間というのはファジーで、仲間として認められている人は柔軟に対応してもらえるけれど、仲間として認められてない人には「就業規則にないので無理」ということもあり得る。運用でカバーするのが日本的なやり方で、いい部分もある一方、人によってばらつきが出がちです。

 

もう一つは主に外資系でよく見られるジョブ型ですが、「あなたの仕事はここからここまで」と明確なんですね。「1年間でこれだけやります」というのを上司と明確に握りあっているので、がんになっても「今は6割しかできないけど、数カ月間は猶予として待ってくれ」みたいに、逆算して考えられます。

 

昔は会社に来れば給与が支払われたけど、今は知的労働です。極端な話、1時間会社に来て給料の1ヶ月分を稼いでしまう人もいる。知的労働の場合は「何を持って働いたとみなすのか」が見えにくく、さらにリモートワークにとって輪をかけて難しくなっていますが、まずは自社の「働くとは」を定義しないと配慮しようがないというのが産業医としての感覚ですね。

 

「わがままを言っても役に立てる」そう思えたことで申し訳なさが軽減した

 

佐藤:渡部さんは最初の復職時、閑職のような部署に配置されてしまったと伺いました。そこからどうやって仕事をつくっていったんですか?

 

渡部:病気してからは営業の前線から営業統括という立場に変わったのですが、最初は「とりあえず座ってて」という感じで、仕事がなかったんですね。病気だと迷惑をかけてしまうからダメなんだってすごく落ち込みました。

 

 

渡部:ただ、営業時代、営業統括に対して文句があったことを思い出したんですよね。それを自分がやれば営業が助かるのでは?と思って動き始めたら、営業から仕事が来るようになりました。

 

佐藤:水田さんはいかがでしょう?

 

水田:私は化粧品が好きで、がんになるまではやりたかった商品企画の仕事に力の限り全力で打ち込んでいました。ただ、がんってわかった瞬間に仕事感がよくわからなくなってしまって……。それで1年ちょっと、しっかりお休みさせてもらいました。

 

休職後は同じ商品企画部に戻してもらったんですけど、当時は自分の命が何年後もあるとはどうしても思えなかったんですね。だから商品が発売されるまでに数年かかってしまう新商品の企画をやる気にどうしてもなれなくて。復職前の面談でそういう話をしたところ、「コストやスケジュールに関して取引先とやりとりをするポジションがある。トータルで商品企画を学ぶ期間にしてもらえれば、会社の力にもなるんだけど、どう?」と提案してもらいました。

 

私の気持ちを汲んで提案をしてくださったんですけど、「わがままを言っても、それでも役に立てる可能性がまだあるんだ」と思えたことで、申し訳なさが少し軽減されました。そういうすり合わせがうまくできていたのかなと思います。

 

大室:閑職に追いやられてつらくなる人がいる一方で、閑職をラッキーだと捉える人も正直いるじゃないですか。それが難しくないですか?

 

及川:そうですね。ただ、「会社としてこのぐらい期待している」というのは言わせてもらっています。体が心配だから仕事はほどほどにしたいという方にも、「ここまでは期待する」というのは伝えていますね。

 

 

会場からの質問「副作用が心配」「中間管理職に理解がない」

 

佐藤:会場から質問も来ています。「副作用が心配でどの程度仕事を振ったらいいのか読めない」という意見についてはどう思いますか?

 

大室:人事の責任と言われないように、産業医とうまく連携するといいんじゃないかと思いますね。会社は社員に対して安全配慮義務を負っていますから、がんと知った以上、「何かあった場合は会社のせい」というのが日本の法律の基本的な考え方です。ですから、本人の意思を尊重し、リスクを本人に伝えた上で、産業医が一筆書いて会社のせいにならない状況にしてあげると、働きたい人が働きやすくなると思います。

 

佐藤「トップマネジメントにがんへの理解があっても、中間管理職はそうではない」という指摘もありますが、どうでしょう?

 

及川:中間管理職は成果を出さなければいけないですから、一人抜けると困ってしまうんですよね。私と水田の間にいた当時の課長も、実は悩んでいました。彼女はバリバリ仕事をしていましたので、抜けられると企画が滞る。治療に専念したい本人の気持ちはわかるけど、急にメンバーの補充もできない。

 

そうなるとチームでカバーするしかないですが、その際に上司とメンバーが自分ごと化して考えられるような場をつくることが大切です。当時の課長とチームメンバーに「もしあなたが水田だったらどうしたいと思う?」と聞いたら、全員が「仕事よりも治療を選ぶと思う」と言ったんですよ。そうやってそれぞれが自分ごと化して、共に戦っていくことが重要だと思います。

 

当事者は要望を言うべきだし、上司も話してもらうよう働きかける必要がある

 

 

佐藤:最後にお一人ずつ感想を言っていただけたらと思います。

 

渡部:よく会社に不満を言っている人がいますが、患者は患者の責務を果たしてから、文句を言うべきだと思います。患者の責務は何かって言ったら、どういう病気で何ができるか、どう働きたいのかを伝えること。言わない限りは進まないですよね。

 

水田:私はキャリアの最初の方で病気になったので、当時は申し訳ないから辞めなきゃという考えも一瞬よぎりました。ただ、今日のお話を聞いて、長い目で見れば働ける時期と働けない時期はあるから、働ける時期に自分がパフォーマンスを発揮していけばいいのかなと感じました。

 

及川:特に女性の方に多いですが、短期的に自分のキャリアを判断しがちです。ダイバーシティ全般に言えることだと思うんですが、10年、20年といった長期のキャリアに目を向けさせてあげることもできたらいいなと思っています。

 

大室:意を決して上司にがんだと伝えたら、「じゃあ来月の出張は中止?」みたいに業務の心配をされたっていう話をすごくよく聞くんです。上司も仕事でいっぱいいっぱいなのは理解できますが、ちょっと心に余裕がないですよね。グッと堪えて、まずは本人の体調を気にかけるようにすると、エンゲージメントも上がると思います。

 

佐藤:全く同感です。私も直属の上司が慰めた後に、制度やお金の話をしてくれたんですよ。家族とも話をしてくれて。大室さんも、ギャグを言いながら陶のカゴに入ったフルーツ盛り合わせを持ってお見舞いに来てくれました。こういうのって忘れないですよね。一方で、嫌だった発言も残ります(笑)。最初の対応を優しくしていただきたいですね。

 

そして今日の学びは、やはりコミュニケーション。罹患者側も自分で要望を言わなければいけないし、上司も話をしてもらうように働きかけなければいけない。そんなことを個人的には思いました。皆さんも何か感じ取って頂けたらうれしいです。ありがとうございました。

 

取材・文・撮影/天野夏海

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