活動レポート

がん罹患者の3つの事例から社労士が考える、企業に“あったらよかった”制度【第4回勉強会レポート】

がん罹患者の3つの事例から社労士が考える、企業に“あったらよかった”制度【第4回勉強会レポート】

8月2日、がんアライ部の第4回勉強会を開催し、人事担当者の方を中心とした24名の方にご参加いただきました。今回の講義では、近藤社会保険労務士事務所の近藤明美先生をお迎えし、実際にがん罹患者の方からご相談を受けた事例と共に、「企業にあったらよかった」制度についてお話しいただきました。本記事ではその一部をご紹介します。

 

<プロフィール>

近藤社会保険労務士事務所

近藤明美先生

近藤社会保険労務士事務所所長、特定社会保険労務士、キャリアコンサルタント、一般社団法人CSRプロジェクト理事。埼玉県越谷市を拠点に様々な企業の人事労務管理支援を手掛けるとともに、2009年よりがん患者の就労支援に取り組んでいる。東京、埼玉の医療機関や日本対がん協会等で就労相談を担当。埼玉県地域両立支援推進チームメンバーや埼玉産業保健総合支援センター両立支援促進員としても活動。著書に「がん治療と就労の両立支援 制度設計・運用・対応の実務(日本法令)」等がある。

がん罹患者には大きく3つの課題がある

 

会社員だった14年前にがんの診断を受け、3カ月間の休職を経て復帰した経験を持つ近藤先生。そんなバックボーンを元に、現在は社労士としてがん罹患者の就労支援に取り組んでいます。

 

「がん罹患者が抱える課題は大きく3つあると思っています。1つ目は身体的な課題。抗がん剤や放射線、ホルモン療法の副作用の中には、脱毛や皮膚の変化といった目に見える変化だけでなく、体力低下やしびれなどの“見えない変化”もあります。2つ目は心理的な課題で、再発の不安や、これまでできたことができなくなることによる自信の喪失、病気によるモチベーションの低下が上げられます。そして3つ目が働き方の課題です」

 

仕事を続けながら治療をするという選択をした場合、これまでと同じように働くのか、勤務のあり方や業務を変えるのか、まずは働き方について考える必要があります。多くは働き方を変えることになるわけですが、この時のポイントになるのが、選択肢の数です。

 

働き方の選択肢が多ければ多いほど柔軟な対応ができますから、仕事を続けられる可能性も高まります。この選択肢をどう増やすのか。この点について、今日は3つの事例を見ながら考えていきたいと思います」

 

 

事例1. 休職期間満了による退職

 

●40代女性/婦人科がん

治療の状況:手術後、化学療法中。治療期間は残り1カ月ほど。

●就業の状況:事務/正社員/休職中

●困っていること:

・治療が1カ月残っているのに、6カ月の休職期間が満了してしまう。

・復職には仕事に支障がない旨の診断書が必要だが、治療中かつ副作用により仕事ができる体調ではない。

 

「体調が良くなり次第、一旦は2〜3時間の時短勤務で復職し、抗がん剤治療が終了してからフルタイムで働きたいというのが本人の希望でした。結果としては、休職期間を延長することはできず、時短勤務の配慮もできないということで、残念ながらこの方は退職することとなってしまいました」

 

このケースには3つの問題点があったと近藤先生。それぞれを次のように解説します。

 

 

問題点1. 休職期間の延長ができない

 

「『休職期間の延長規定』が就業規則にない企業が大変多いと思っています。今は人材不足ですから、続けてほしい方に続けていただけるような規定を用意しておくのは非常に重要です」

 


【休職期間の延長規定に関する規定例】

第○条 休職期間は次のとおりとする。

(1)前条第1項第1号および第2号(私傷病)場合、1回あたり

勤続3年未満:6カ月

勤続3年以上5年未満:12カ月

勤続5年以上:18カ月

 

(2)省略

2 前項の規定にかかわらず、会社が特に必要と認める場合は、期間を延長することがある。


 

「この規定があることの大きなメリットは、無理な復職をするか、辞めるかの二者択一をなくせること。一方で注意点としては、延長期間の判断です。1カ月なのか、治療が終わるまでなのか、半年以内なのか。また、病状によっては延長を繰り返すケースも出てきます。この点は制度を作る上で問題になってくると思いますが、就業規則に『会社が特に必要と認める場合は、期間を延長することがある』という一文を入れておくことで無理な復職を減らし、職場復帰できるケースが増えるでしょう」

 

・問題点2. 100%の状態で復職しなければならなかった

 

「『回復見込み』を含めた復職の判断ができれば、段階的な復職が可能になり、選択肢が増えますよね。最近では以下の下線部分が追記された就業規則も徐々に広まっています。なぜなら、『直ちに100パーセントの稼働ができなくとも,職務に従事しながら,2,3か月程度の期間を見ることによって完全に復職することが可能であった。 』という過去の裁判例があり、一定期間配慮をすることで働けるのであれば復職させる方向で検討する必要があるためです 」

 


【復職に関する規定例】

第◯条 省略

2 会社は、休職者から復職の申出があったときまたは休職期間満了時において、休職前に行っていた通常の業務を遂行できる程度に回復している、または回復が見込まれると判断できる場合、復職させる。


 

「ただ、疾病の種類によっては再休職のリスクが伴うことは留意点といえます。また、生活をする上で最低限のことができているのか、チェック項目を用意しておくことが必要です。例えば食事が取れる、きちんと眠れているといったことですね。これができていて初めて、段階的な復職が可能だと見込めるのだと思います」

 

・問題点3. 時短勤務ができなかった

 

「育児や介護の場合に短時間勤務制度を用意している企業は多いですが、仕事と治療の両立の際にも一番ニーズが高い制度です。体調次第ではあるものの、放射線治療の期間中を時短勤務にする、時短勤務から復職して徐々にフルタイムに戻すなど、選択肢が広がります。留意点としては、お給料や賞与の取り扱いですね。特に正社員の場合は、月給を按分する、あるいは時給制に変更する、賞与は按分して支給するなど、規定に入れておく必要があります」

 

「短時間勤務は復帰する上ではとても大事な制度ですが、収入面ではマイナスもある」と近藤先生は指摘します。

 

「『給料が減ったのになぜ社会保険料は下がらないんですか?』という相談を患者さんから受けることがあります。給料が減る中で保険料が変わらないということは、手取りが減るんですね。制度で短時間勤務を導入したり、労働契約上の変更をしたりした場合は月変(標準報酬月額の改定)ができますので、保険料を下げることが可能ですただ、標準報酬月額が下がると、病気休業中にもらえる傷病手当金の額が下がってしまう(標準報酬月額に連動して傷病手当金が算出される)ので、メリットとデメリットのバランスを見て短時間勤務制度の導入や適用を検討してください。この相談は非常に多いので、人事の皆さんにはぜひ知っておいていただけたらと思います」

 

 

事例2. 疾病を理由にした職種変更

 

●40代男性/頭頸部がん

●治療の状況:これから手術予定。

●就業の状況:技術職/正社員/休職中

●困っていること:職種を限定して採用されているが、手術後にその仕事ができなくなったらどうしたらいい?

 

「疾病を理由に職種の変更が可能か。これはいつも悩む相談です。配転に関する規定で、よくある例がこちらです」

 


【配転に関するよくある規定例】

復職について

復職の際には、原則として休職前の職務に就かせることとする。ただし、本人の体調、業務の都合等を勘案し、その就業場所、職種又は職務を転換することができる。

 

配転について

会社は、業務上の必要があるときは、従業員に配転を命ずることができる。従業員は、正当な理由がない限り配転を拒むことができない。


 

 

「これらが何を意味するかというと、『復職や配転において、休職前と同じ職種に戻るといった、職種限定をしていない』ということです。職種限定で採用された方の配転はできないと思われがちですが、規定上はできないことはない。ただ、ここに『雇用契約の範囲の中で』という一言が入ると、職種限定の方はその範囲外での異動や職種変更ができなくなってしまいます」

 

規定上は配転が可能なのであれば、次に考えなければいけないのが、配転を検討すべきか否か。企業と本人の状況によって判断は変わるものの、近藤先生は以下2つの判例を紹介します。

 


・職種限定なし

その能力、経験、地位、使用者の規模や業種、その社員の配置や異動の実情、難易等を考慮して、配置替え等により現実に配置可能な業務の有無を検討すべき。

(片山組事件 平成10年4月9日最高裁)

 

・職種限定あり

原則として、労働契約に基づく債務の本旨に従った履行の提供はできない状況にあると解される。使用者の配慮は軽減される。

(カントラ事件 平成14年6月19日大阪高裁)


 

「職種限定ではない場合、いわゆるゼネラリストの社員に関しては配置転換を考えるべきという考え方になっています。職種限定の場合は配置転換をしなくていいとは言っていませんが、ゼネラリストの社員よりは配慮が軽減されるという考え方です。この2つが全てではありませんが、法的な考え方として参考にしていただければと思います。先述した通り、配転に関する規定に『雇用契約の範囲内で』の一言がなければ、疾病を理由に職種変更はできますので、柔軟に対応していただけるといいなと思います」

 

 

事例3. 翌年度の年休が付与されない

 

●30代女性/乳がん

●治療の状況:手術後、抗がん剤治療を経て職場復帰。これから放射線治療とホルモン療法を予定している。

●就業の状況:事務/契約社員

●困っていること:年次有給休暇の残日数がなく、休職期間が長かったため、翌年の有給付与がない。

 

「乳がんは治療期間が長く、通院の回数も多い傾向にあります。有給がなければ通院は早退・遅刻、もしくは欠勤になってしまいます。そうすると職場の規定上、評価の問題が出てきますし、なにより本人が会社に居づらくなってしまうという、心理的な問題があるんです」

 

このケースの“あったらよかった制度”として、近藤先生は次のように続けます。

 

 

「半日や時間単位で有給が取得できたり、出退勤時間をずらせたり、治療休暇制度や失効年次有給休暇の積立制度があったりするといいですね。特に使い切れなかった有給を積み立てられる失効年次有給休暇の積立制度の導入率は、2016年度時点で29.6%。従業員数500人以上の企業で見ると54.6%と、半数以上が導入しています

 

 

企業の「こうなったらいいな」を体現したものが制度である

 

講義を通じて“あったらよかった制度”が紹介されましたが、「作り込み過ぎず、ケースバイケースに対応できることが大切」と最後に近藤先生。

 

「がんをはじめとした病気に罹患した時に、“制度で切り捨てないための選択肢”を増やすという観点を持っていただけるといいのかと思います。あとは公平性と個別性のバランスを忘れないこと。公平性だけでは仕事とがん治療の両立は難しくなります。負担が重くなり過ぎていないかという、周囲への配慮も必要です。

 

私が社労士資格を取った頃に、『制度や法律は思いやりである』というフレーズを聞いたことがありますが、会社の考え方や『こうなったらいいな』という姿を体現したものが、制度であると私は思っています。がんに罹患した社員を支援するための制度や仕組みを整えることは、企業にも大きなメリットがあるはずです」

 

>>過去の勉強会レポートはこちら

 

取材・文:天野夏海

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